【小説紹介】密やかな結晶 新装版

小説

あらすじ

その島では多くのものが徐々に消滅していき、一緒に人々の心も衰弱していった。
鳥、香水、ラムネ、左足。記憶狩りによって、静かに消滅が進んでいく島で、わたしは小説家として言葉を紡いでいた。少しずつ空洞が増え、心が薄くなっていくことを意識しながらも、消滅を阻止する方法もなく、新しい日常に慣れていく日々。しかしある日、「小説」までもが消滅してしまった。
有機物であることの人間の哀しみを澄んだまなざしで見つめ、空無への願望を、美しく危険な情況の中で描く傑作長編。

『密やかな結晶 新装版』(小川洋子)- 講談社

レビュー

ジャンル:寓話的SF、幻想文学、長編

評価

ストーリー…★★★★☆ 

読みやすさ…★★★☆☆

世界観  …★★★★★

斬新さ  …★★★★☆

読後感  …★★★★★

ある朝起きると「ひとつまた自分の中から何かが消えた」という気配で世界が満たされている。想像するだけでゾッとします。

いつ訪れるかも、何が消えるのかも何もわかりません。ただ、消滅は必ず訪れ、対象に例外はありません。

消滅がきたなら、持っている「それ」をすべて処分します。たとえ「それ」で生計を立てていたとしても、新しい仕事を見つけて順応していかないといけません。「それ」がない生活を受け入れるほかありません。

もしも「花」が消えたなら、二度と慈しむことはできなくなります。

もしも「目」が消えたなら、家族や友人の姿はもう見ることは叶いません。

もしも「文字」が消えたなら……考えたくもありませんね。

思い出は徐々に薄れていき、その言葉が何を指していたのかすら分からなくなってしまいます。仕方ありません。だって、消滅が来てしまったんですから。

寓話に近い世界観

避けようのない”消滅”という現象が不定期に訪れる島での暮らしを描いた本作は、島で暮らす一人の女性の視点で物語が展開していきます。「消滅」がある種の自然現象のように扱われ、住民たちは受容・共存しています。

シーン描写は現実社会の暮らしに準拠しています。一方で、「消滅」という常軌を逸した現象や、島民特有の文化・価値観、人名が出てこないという本作特有の要素が絡み合い、世界観は寓話に近いかたちとなっています。

次はなにが消えるのかーーそんな静かな緊張感が物語全体に漂っています

まとめ

独特な世界観がもたらすヒューマンドラマは、モノや情報にあふれる現代社会を生きる私たちにとって「そこにある」ーーただそれだけのささやかな幸せを思い出させてくれます。

本作品は2018年に女優の石原さとみさんを主演に据えた舞台公演が行われ、2024年1月にはAmazon Studiosで進行中の映画企画のキャスティングが発表されるなど、社会的にみても非常に人気の作品のようですね。

気になった方はぜひ手に取ってみてください。

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