あらすじ
周囲の期待を一身に背負い猛勉強の末、神学校に合格したハンス。しかし厳しい学校生活になじめず、学業からも落ちこぼれ、故郷で機械工として新たな人生を始める……。地方出身の一人の優等生が、思春期の孤独と苦しみの果てに破滅へと至る姿を描いたヘッセの自伝的物語。
光文社古典新訳文庫
ヘッセ. 『車輪の下で』(松永美穂 訳, 光文社古典新訳文庫,2013)
レビュー
ジャンル:海外文学、自伝風小説、青春小説、学校教育
ストーリー…★★★★☆
読みやすさ…★★☆☆☆
世界観 …★★★★☆
斬新さ …★★★☆☆
読後感 …★★★★★
ドイツ文学を代表する作家ヘッセの代表作――『車輪の下で』
本作はシュヴァルツヴァルト地方の小さな町に生まれた、ある一人の少年の人生を描いています。
主人公はハンス・ギーベンラート。凡夫の家に生まれた天才少年。田舎にはそぐわない洗練された様子とは裏腹に、年相応の無邪気さや内気さを抱え、それを周囲にうまく発露することができない繊細さを併せ持った少年です。
多くの才能に恵まれ人一倍努力を積んでいながら、他者からのささいな刺激で己の足元がすべて揺らいでいるかのように錯覚し、狼狽し、打ちひしがれる姿は、100年前の封建的な時代背景とあいまって救いがないほどの不器用さを読者に伝えています。
彼の生きる世界には、「多様性」ではなく「宗教」があり、「インターネット」の代わりに「ラテン語やヘブライ語」があり、「自分らしく生きればいいと声をかけてくれる大人」の代わりに「家族の名誉になるよう頑張りなさいと言い渡す父」がいます。
義務的な善意が無垢な少年に与えたもの
ちっぽけな田舎町に生まれた優秀な少年の視点で本作は描かれていきます。作中にはあらゆる種類の大人と子どもが登場します。大人は輝かしい将来のためハンスに多くの努力を求めますが、子どもはときにハンスを嘲り、ときに寄り添います。ざっくり言えばハンスは「虚弱な優等生」です。本来余暇にあててもよい休暇の間ですら、教師や牧師の勧めで進学先の予習に費やしています。
悲しいことにハンスには外部からの期待や羨望、嘲笑を適切に消化するだけの器量はなく、それらをはねつけるだけの度胸もありません。「天才だ、優秀だ」と周囲に囃し立てられるハンスは、その実どこにでもいるような、臆病で純粋で、心優しい世間知らずな男の子でした。
大人の凝り固まった善意から湧き出る身勝手さ。
その思想や行動に容易に影響される子どもの危うさ。
タイトルにもなっている”車輪”が何を指しているのか。
本書の特徴として、ヘッセの子ども時代をなぞるような形で描いているという点が挙げられます。作中に登場する子どもの中には実際にヘッセの通った神学校の生徒の名前もあります。時代背景や文化になじみが持てないという点で読みにくさはありますが、訳者の松永さんの文体は簡潔で非常にわかりやすく、諸所で注釈を参照することができます。
教育や子育てに奔走されている方、自分の子ども時代を思い出したい方へおすすめいたします。忙しい日々の合間をぬって、ぜひ一度手に取ってみてはいかがでしょうか。

わたしは倹約家で何気に優しいルツィウスが好きです
まとめ
今回はドイツの作家ヘルマンヘッセの『車輪の下で』を紹介しました。松永さんの翻訳以外にもいくつか翻訳版は発行されていますので読み比べてみるのも面白いかもしれませんね。
現代社会でも言えることではありますが、大人は「子どもは単純な世界に生きている」と考え、子どもは「大人は大変な世界で生きている」と刷り込まれます。
しかし実際のところ、大人も子どもも属する世界に大差はないように感じます。
本作を読んだ後ですと、むしろ「何故か生まれた時からたくさん居てやかましい存在」に心を砕かなくてはならない子どもらの方が、生きるのは少々ハードとも感じてしまうかもしれません。

私は今の社会なら大人になってからのほうが断然生きやすいと思うんですけど、みなさんはいかがでしょうか

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